HyperLink

ワーキングメモリーのトレーニング

Torkel Klingberg, MD, PhD(医学博士、学術博士) 著

ワーキングメモリーは、さまざまな認知タスクを行うために不可欠な重要な機能です。 ワーキングメモリーは、脳の前頭前野に依存します。脳梗塞や外傷性脳損傷、注意欠陥多動性障害(ADHD)などの前頭前野に影響を与える疾患においてワーキングメモリー障害がおこります。 我々は体系的なトレーニングによりワーキングメモリーが改善することを明らかにしました。


ワーキングメモリーは、さまざまな認知タスクを行うために不可欠で重要な機能です。ワーキングメモリーは、脳の前頭前野に依存します。脳梗塞や外傷性脳損傷、注意欠陥多動性障害(ADHD)などの前頭前野に影響を与える疾患においてワーキングメモリー障害が現れます。我々は体系的なトレーニングによりワーキングメモリーが改善することを明らかにしました。 これは注意・集中、衝動の抑制、および複雑な論理・推論能力を改善します。 脳撮像の研究では、トレーニングにより前頭前野の脳活動が活発になることが示されています。

ワーキングメモリーは、さまざまな認知タスクを行うために不可欠な重要な機能

ワーキングメモリーとは、通常は数秒間、情報を一時的に‘オンライン’の状態に維持する能力のことです。 研究では、被験者に複数の数字を1回聞かせたあと、いくつの数字を暗唱できるか確認することにより、ワーキングメモリーの容量を測定します。私たちは日々の暮らしの中で、次に行う計画や指示を記憶したり、問題を解決したり、注意をコントロールするためなどに、ワーキングメモリーを使って「注意を向けるべきことを憶えて」います。


ワーキングメモリー障害がある場合、文章を読む際に集中できない「不注意の問題」や1つの部屋から次の部屋へ移動する数秒の間に、次にしようとしていたことを忘れてしまう「記憶の問題」などの症状を経験することが多く見られます。子供の場合は、次にすることを思い出せないことが多く、計画通りに活動を完了できない問題が生じます。

数十年に渡って、ワーキングメモリーの脳神経科学についての研究が行われてきました。 動物およびヒトによる研究により、ワーキングメモリーの能力には正確なドーパミン伝達はもちろん、前頭前野が重要であることが分かっています。その他にも、頭頂皮質や大脳基底核なども重要な構造です。


 

ワーキングメモリー障害は、さまざまな条件で現れる

前頭葉またはドーパミング作動系が正常に機能しないと、ワーキングメモリーの機能にも支障が出ます。 外傷性脳損傷と同様に、前頭葉に影響する脳梗塞を経験すると、ワーキングメモリーに障害が生じることがあります(Robertson and Murre, 1999)。 この場合、ワーキングメモリー障害が原因で、注意力や計画能力に問題が生じます。 注意欠陥多動性障害 (ADHD) は前頭葉およびドーパミン作動系の障害と関連しており、その結果、ワーキングメモリー障害とも関連しています。 学習障害も、学習機会の不足、一般的知能、身体疾患または情緒障害ではなく、特定の心理過程の基本的な障害に起因する勉強上の困難として定義される、よくみられる状況です。 学習障害もワーキングメモリー障害に直接関連しているかもしれないことが明らかになっています(Gathercole and Pickering, 2000)。



ADHDは広くみられる深刻な障害

注意欠陥多動性障害(ADHD)は、不注意、衝撃性、多動性を主症状とする障害です。 6歳から16歳までの子供のうち3~5%が ADHD と診断されており、スウェーデンでは6歳から16歳までの子供のうち約4万人がADHDであると言われている最も一般的な精神神経疾患です (Socialstyrelsen [Swedish National Board of Health and Welfare], 2002)。 ADHD の子供が成長した場合、多動性は軽減しますが、多くのケースでは学業や職業上の支障を引き起こす不注意の問題が残ります (Socialstyrelsen, 2002)。 ADHD は遺伝子要素に強く影響される障害であり、遺伝率は約 70% と推定されます。 解剖学的研究によって、この障害を持つ子供たちの前頭葉および大脳基底核の大きさが標準以下であることが確認されています。

ワーキングメモリー障害は、ADHD における多くの認知および行動障害の説明に中心的な重要性をもつと考えられています (Barkley, 1997; Castellanos and Tannock, 2002; Rapport et al. , 2000; Westerberg et al., 2004)。 Westerbergら (2004) は、ワーキングメモリーを使用する課題とそうではない課題を比較し、子供達が最も困難を経験するのは、ワーキングメモリーを使用する課題であることを明らかにしています。

ワーキングメモリーを改善できるか?

Torkel Klingberg (医学博士および学術博士)は、カロリンスカ大学およびスタンフォード大学でワーキングメモリーの脳神経基盤と、子供におけるワーキングメモリーの障害について長年研究してきました。 ワーキングメモリーの容量は、個人の固定的性質として従来から見なされていました。 しかし、Astrid Lindgren 小児病院 (Karolinska 大学病院の一部)の小児神経科学科において、Klingberg、Helena Westerberg および他のメンバーは近頃、ワーキングメモリーを向上させる方法の開発に着手しました。 これらの方法は、動物研究におけるトレーニングによる可塑性の誘発メカニズムに影響を受けています(Buonomano and Merzenich, 1998)。 技術的な問題を解決し、トレーニングをやりがいのあるものにするため、ゲーム開発の専門家である Jonas Beckeman および David Skoglund の協力を得て開発が行われました。

トレーニングはコンピュータを使って行われるワーキングメモリーの課題の組み合わせによって構成され、特定のアルゴリズムによって難易度が調整されます。 子供は、30分から40分かかる一定数の練習を毎日こなします。 このトレーニングを週に5日、5週間続けます。 トレーニングの結果は保存され、後に分析されます。

この RoboMemo と呼ばれるプログラムは、Cogmed Cognitive Medical Systems AB によって開発されました。 図 2は、トレーニング中にパフォーマンスが向上する様子を表しています。


図2.トレーニング中のパフォーマンスは記録され、コンピュータに保存されます。後にインターネット経由でサーバーにアップロードされます。このデータにより、ワーキングメモリー課題の段階的改善が分かります。 グラフは、18日間のトレーニングにおける3つの異なるワーキングメモリー課題の改善を示しています(from Olesen et al. 2004).


ADHDについて1回目のトレーニング研究:期待できる結果

トレーニングによる臨床効果の最初の二重盲検プラセボ対照試験(被験者も、観察者・評価者もトレーニングを受けたのか、受けていないのかわからないようにして行う評価試験。プラセボ対象とは偽薬を服用したグループと比較することで、この場合は本当のトレーニングと区別のつかない偽のトレーニングを受けたグループと、本当にトレーニングを受けたグループを比較しています。)は、7歳から13歳までの ADHD と診断された子供を対象に行われました (Klingberg et al., 2002)。 ここでは2つのグループ: 治療グループと、比較グループが比較されました。 治療グループの子供は、その子供のワーキングメモリーの容量に応じて難易度が調整されたワーキングメモリーの課題を実施しました。 この方法は、トレーニング効果が最大限になると仮定しました。 比較グループでは、比較のために同じタスクが使用されましたが、例えば記憶すべきアイテム数が少ないなどワーキングメモリーの負担が軽く設定されているため、トレーニング効果がわずかしか期待できない簡単な課題となっています。 2つの類似するバージョンを用意することにより、トレーニング方法に特異的な影響以外の影響を極力制限し、ワーキングメモリーの改善効果を特定的に評価できるように意図しました。 トレーニングの前後に、両グループとも神経心理学課題での評価が行われています。

両グループの結果を比較すると、比較グループよりも治療グループのワーキングメモリーが著しく向上したことが確認されました。 さらに、ADHD の子供にとって重大な問題となる反応抑制を測定する課題での向上も見られました。 また予期せぬ結果として、治療グループの子供には、知能指数(IQ)との相関関係が高いとされる論理的思考課題にも向上が見られました。

ADHDについて2回目のトレーニング研究: 多施設における臨床試験による確認

最初の研究における主な短所は、被験者数が少ないということでした(治療グループと比較グループの被験者は各7名)。 さらに、ADHD 症状の評定が行われておらず、一ヶ所の臨床センターのみで、両グループともトレーニング効果の持続期間を調査するためのフォローアップ測定が行われませんでした。 このため、2回目の研究がスウェーデンの臨床施設4箇所において実施され、無作為化された二重盲検法の計画のもとで、ワーキングメモリーの課題をすることによって得られる効果が評価されました。この多施設における臨床試験では、最初の研究同様、同じトレーニング・プログラムの2つの似通ったバージョンが比較されました。 トレーニング前後および3ヵ月後に実行機能 (ワーキングメモリー、反応抑制および論理的思考) が測定され、 ADHD 症状が保護者と教師によって評価されました。

結果は明白でした。 空間視覚と言語のワーキングメモリー、反応抑制および複雑な論理的思考を測定する非訓練課題(トレーニングで使用したのとは異なる課題)で、特筆すべき治療効果が現れたのです。 トレーニング完了から3ヶ月後において、ワーキングメモリーのトレーニング効果の平均90%以上が維持されました。 保護者の評価により、トレーニング完了後およびフォローアップ時に、不注意および多動性/衝動性の症状が大幅に軽減したことが判明しました。 教師および保護者の合同評価においては、トレーニング完了直後の不注意に関連する症状が大幅に軽減したと報告されています (スコアでは1 SD(標準偏差) の軽減、フォローアップでは0.9 SD(標準偏差))。 これらの結果は、最初の調査における知見が立証されたことを示します。 そして、ADHDを定義する症状そのものが減少したということが明らかになりました (Klingberg et al., 2005) 。


図3.この図は、トレーニング前(Before)、トレーニング後(After)、およびトレーニングの3ヶ月後(Follow-up)のワーキングメモリーのタスク課題の成績を表します。 テストを繰り返し受けることによる改善は両グループで見られたものの、治療グループの改善には著しいものがあります。 グループ間における差は3ヶ月後にも依然として維持されました (from Klingberg et al. 2005).

脳卒中後のワーキングメモリートレーニング

多くの場合、脳卒中や外傷性脳損傷の後でワーキングメモリーへの影響が現れます (Robertson and Murre, 1999)。 これらの障害は、しばしば注意力や計画能力の問題として自覚症状が現れます。 脳卒中の後で、仕事に復帰できない第一の理由として認知上の問題が挙げられます。 運動機能や言語の障害に対処する治療方法は多くありますが、認知上の問題に十分に対処できる治療法は現在のところ存在しません。

こうして私たちは、ワーキングメモリーのトレーニングが脳卒中を経験した人たちに有効か否かを検証したいと考えていました。(Westerberg et al., 2003)。 この研究には、34歳から65歳までの18人の人たちに参加してもらいました。 これらの被験者たちは、研究を実施する1年から3年前までに脳卒中を経験しています。 被験者は、治療グループまたは順番待ちリストのグループに無作為に振り分けられました。 両グループで、5週間の間をあけて2回の神経心理学のテストが行われました。 さらに、彼らは毎日の暮らしにおける認知上の問題を評価するアンケートに答えました。

2つのグループの結果を比較すると、ワーキングメモリーおよび治療能力を測定する複数の神経心理学課題(スパン・ボード、PASATおよびRuff 2 & 7)において治療グループに顕著な改善が見られました。 また治療グループの被験者の報告によると、認知障害の症状が大幅に軽減されたことが判明しました。 症状の軽減は、神経心理学課題の成績の改善とも相関性があります。

調査そのものは小規模であり反復が必要ですが、これらの結果は臨床的および科学的両見地から重要な意味を持ちます。 臨床的には、ワーキングメモリーのトレーニングが脳卒中のリハビリテーションに有効な手段であることが明らかです。 科学的な視点から言えば、ワーキングメモリーの機能を向上させることができるのは子供だけではなく、生涯を通じて改善する可能性があることが示されています。

この調査における経験とその他のケースから、Danderyd 病院の脳卒中診療所と共同で脳卒中患者のための特別なトレーニング・プログラムが開発されました。



絶え間ない改善

現時点の研究の関心の一部は、学習障害とワーキングメモリーの障害との関連性にむいています。 予備研究のデータによると、ワーキングメモリーのトレーニングが読解力および数学的な問題の解決能力改善することが示されています(データ出典:Nordic Conference on Dyslexia, 2005)。

Cogmed 社のトレーニング方式は、常に進歩を遂げています。 現在のトレーニング プログラムを修正することによる結果を評価することによって改善を続けています。 すべての研究および臨床業務におけるトレーニングデータは記録され、利用可能ということは、我々はつねにデータベースに追加して、子供や大人がどのように学習能力を効果的に改善しているのかについてより深く知るためにこのデータベース分析することができることを意味します。

Torkel Klingberg 氏は、ストックホルムの Karolinska 大学小児神経科学科の教授です。 彼はKarolinska Innovations AB 、Helena Westerberg、Jonas Beckeman および David Sjölander と並ぶ Cogmed Systems ABの共同創立者です。

Klingberg 博士は Cogmed 社の研究および開発事項の顧問として活躍しています。


参考文献

Barkley RA (1997), Behavioral inhibition, sustained attention, and executive functions: constructing a unifying theory of ADHD. Psychol Bull 121:65-94

Buonomano DV, Merzenich MM (1998), Cortical plasticity: from synapses to maps. Ann Rev Neurosci 21:149-186

Castellanos FX, Tannock R (2002), Neuroscience of attention-deficit/hyperactivity disorder: the search for endophenotypes. Nat Rev Neurosci 3:617-628

Gathercole, SE, Pickering, SJ (2000) Working memory deficits in children with low achievement in the national curriculum at 7 years of age. Br J Educ Psychol. Jun;70 ( Pt 2):177-94.

Klingberg T, Fernell E, Olesen P, Johnson M, Gustafsson P, Dahlström K, Gillberg CG, Forssberg H, Westerberg H (2005), Computerized Training of Working Memory in Children with ADHD – a Randomized, Controlled, Trial. J American Academy of Child and Adolescent Psychiatry 44 (2):177-186.

Klingberg T, Forssberg H, Westerberg H (2002), Training of working memory in children with ADHD. J Clin Exp Neuropsych 24:781-791

Olesen P, Westerberg H, Klingberg T (2004), Increased prefrontal and parietal brain activity after training of working memory. Nature Neurosci 7:75-79

Rapport MD, Chung KM, Shore G, Denney CB, Isaacs P (2000), Upgrading the science and technology of assessment and diagnosis: laboratory and clinic-based assessment of children with ADHD. J Clin Child Psych 29:555-568

Robertson I, Murre J (1999), Rehabilitation of brain damage: Brain plasticity and principles of guided recovery. Psychol Bull 125:544-575

Socialstyrelsen (2002), ADHD hos barn och vuxna.

Westerberg H, Jacobaeus H, Hirvikoski T, Clevberger P, Ostensson J, Bartfai A, Forssberg H, Klingberg T (2003), Computerized working memory training - a method of cognitive rehabilitation after stroke. Proceeding from the Conference on Stroke Injury, Stockholm, 2003

Westerberg H, Hirvikoski T, Forssberg H, Klingberg T (2004), Visuo-spatial working memory: a sensitive measurement of cognitive deficits in ADHD. Child Neuropsychology 10 (3) 155-61.


Cogmedへのお問い合わせ

カスタマ・サービス

3-17-14-701
Higashi, Shibuya
Tokyo 150-0011
Japan
03-3409-5865
info@cogmed-japan.com

テクニカル・サポート

tech@cogmed-japan.com